前橋地方裁判所 昭和28年(ヨ)126号 判決 1953年12月04日
申請人 東邦亜鉛株式会社
被申請人 東邦亜鉛株式会社安中製練所労働組合
主文
一、被申請人組合は確氷郡安中町大字中宿所在申請人会社安中製錬所に敷設された軽便軌道が農耕用道路と交叉する場所(別紙添附図面の(イ)点)において申請人会社が同軌道を使用することを妨害してはならない。
二、被申請人組合は右安中製錬所正門前(別紙添附図面の(ハ)(ニ)の個所)において、同製錬所と外部との交通を妨害してはならない。
三、申請人会社の委任する前橋地方裁判所所属執行吏は第一項及び第二項の趣旨を各現場に公示するため適当な処置をとらなければならない。
四、訴訟費用は被申請人組合の負担とする。
(無保証)
事実
申請人代理人は、「一、被申請人組合の占有する別紙添附の図面中赤線を以て囲む(イ)(ロ)の部分に対する被申請人組合の占有を解き申請人会社の委任する前橋地方裁判所所属執行吏の占有に移す。執行吏は申請人会社にこれが使用を許さなければならない。被申請人組合は前記の部分に立入り又は申請人会社の使用を妨害してはならない。二、被申請人組合は碓氷郡安中町大字中宿千三百四十四番地所在の申請人会社安中製錬所正門(別紙添附の図面中(ハ)及び(ニ)の部分)より町道に対する交通を妨害してはならない。三、執行吏は右命令の趣旨を公示するため適当な処置をとらなければならない。」との判決を求め、その理由として
一、(イ) 申請人会社は亜鉛、鉛、銅、カドミウム硫酸等を生産する会社であり、被申請人組合は申請人会社安中製錬所(以下工場と呼ぶ)の従業員の一部をもつて構成された労働組合である。
(ロ) 被申請人組合は昭和二十八年八月十七日闘争態勢に入り、同月二十二日諸手当の増額、係長解任等に関する要求書を提出し同月二十五日から申請人会社と団体交渉を行つたが申請人会社の回答を不満とし、九月一日に同盟罷業の通告をなし、九月四日は第一次同盟罷業に突入した。その後間もなく被申請人組合は一旦同盟罷業を中止し群馬県地方労働委員会の調停を申請し、十月二日調停案が示されたが申請人会社はこれを不当として拒否した。十月六日、七日の両日に亘り両者の間に団体交渉が行われたが結論を得ず、申請人会社は被申請人組合の再考を促して回答を待つたがこれに対する回答なく、被申請人組合は十月十二日午前七時無期限同盟罷業に突入し現在に至つている。
(ハ) これより先、申請会社の従業員中には被申請人組合の今次の闘争が不当であり且その指導が独裁的非民主的なりとして批難し反対運動をなしていたものがあつたが、前記調停案の提示前である九月十三日刷新同盟を結成し、十月一日八十三名が被申請人組合から脱退し同月三日安中製錬所新労働組合(以下新組合と呼ぶ。)を結成し即日申請人会社に届出て来たので、申請人会社は同組合を承認し爾来種々交渉中である。前記の如く十月十二日以来被申請人組合は同盟罷業をなしているが、新組合の組合員はこれに反対して就労しようとして被申請人組合のピケラインにより入場を阻止された。右の如く新組合員の入場が不可能であつたことと被申請人組合が工場のベルト工作機械の部分品等を取り外し隠匿したため作業不能であつたことと作業の新しい方法を検討するため申請人会社は新組合の組合員に対し休業を命じ、十一月一日作業の準備ができたので就業命令を出し、新組合の組合員は十一月二日被申請人組合のピケラインの不意をついて入場し、爾来工場内に泊り込んで就業している。
二、被申請人組合は十月十二日同盟罷業に突入後工場正門前(別紙添附図面の(ハ)及び(ニ)の個所)に常に数名の監視員を配置し置き新組合の組合員が正門から工場に入場しようとすると組合員数十名を動員して正門前に人垣を作り実力をもつて新組合の組合員の入場を阻止し又原料資材を搬入し及び製品を搬出する貨物自動車が正門から工場に入場しようとすると部外の第三者である業者であるとを問わず組合員数十名を動員して正門前に数列になつて座込んで自動車の入場を阻止しており又軽便軌道が農耕用道路と交叉する場所(別紙添附図面の(イ)点)に常に監視員数名を配置しおき申請人会社が原料資材の搬入及び製品の搬出をなすためガソリンカーを運転して来ると組合員数十名を動員して右地点の軌道上に数列になつて座り込みガソリンカーの運行を阻止している。そのほか前記工場正門前においては食糧搬入その他部外の第三者の通行を実力により妨害又は阻止している。
三、新組合の組合員は十月十二日、十三日、十四日の三日間に亘り前記工場正門前のピケラインで実力をもつて入場を阻止されたため就業の意思を有するに拘らず入場することができなかつた。
申請人会社は十月十五日以降新組合の組合員に対し休業を命じていたが、同組合員の就業の要望強く操業準備も整つたので十一月一日就業命令を出し、翌二日新組合員は他の門からピケラインの不意を衝いて入場し非組合員と共に操業を開始した。而して申請人会社は被申請人組合の入場阻止を虞れ新組合員を工場内に宿泊せしめて操業を継続中であるが、被申請人組合は十一月三日被申請人組合の大会席上新組合の組合員の工場出入は飽くまで阻止する旨言明している。
申請人会社としては業者と製品の売買契約を結んでいる関係上非組合員新組合の組合員その他同盟罷業不参加者をもつて操業を継続しなければならないのであるが、新組合の組合員を工場内に長期宿泊せしめることは困難であり近いうちに通勤に切換えなければならない。しかしこの場合前記の経緯に鑑みて被申請人組合の妨害を受けることは必定であり操業は不能に陥ること明らかである。
被申請人組合は同盟罷業中は自己所属の組合員に対してのみ工場出入を阻止し得るが、非組合員は勿論新組合の組合員又は被申請人組合を脱退した者の出入を実力をもつて阻止することは明らかに違法行為である。
四、申請人会社は十一月二日作業開始以来漸次従業員も作業に慣れ且つ臨時工の採用等によつて人員も充実し現在日産亜鉛を十五噸から二十噸生産しており、従つてこれに要する資材副資材等も相当の数量に達するのであるが、更に五十名も職員を補充すれば亜鉛については平時平産額たる日産三十噸に達し得るのである。而して鉛、亜鉛地金の市況は内需の増大のために逼迫しており、加えて申請人会社が十月十二日以来同盟罷業のため製品の出荷ができず、ために需要家の在庫も殆んど皆無に近いところが多く操業の停止して居る工場も相当数あり、十一月二日新組合の組合員の就業により申請人会社の操業が開始されたため各需要家及び問屋から盛んに出荷を督促されている状態であり、申請人会社もこれに応えて製品を出荷しなければならない立場にある。
然るに、被申請人組合は前記の如く工場正門前及び軽便軌道上にピケラインを張り製品の搬出及び原料資材の搬入を実力をもつて阻止し、申請人会社の業務遂行を妨害しているが、右の如きは法律上許されたピケチングの範囲を逸脱するものであつて正当な争議行為と謂い得ざるものである。
五、右の如く被申請人組合は、申請人会社の正当なる業務の遂行を妨害しているので工場正門前の交通妨害及び軽便軌道の使用妨害の排除を求めるため本申請に及んだ次第である。
と述べ、被申請人組合の主張に対し
一、第三項のうち、(ハ)の事実、(ニ)の事実のうち懲戒規定を濫用したとの点を除く部分、(ホ)の事実のうち主張の如き掲示をなしたこと、(チ)の事実のうち九月十三日安中館の会合により刷新同盟が発足したこと及び翌十四日同同盟がその氏名を発表したこと、(ル)の事実のうち宮崎孝人等八十三名が十月一日組合脱退届を提出し十月三日申請人会社内で新組合結成大会を開催したこと、(ワ)のうち山崎富次を懲戒解雇にしたこと、(カ)の事実のうち争議の切崩を策したとの点を除くその他の事実、(ヨ)の事実のうちピケラインを突破せしめたとの点を除くその他の事実及び(タ)の事実のうち(イ)乃至(ヨ)の事実は不当労働行為であるとの点を除くその他の事実は認め、その余の事実は争う。
新組合は申請人会社の介入によつて結成されたものではなく、新組合の組合員自身の自発的意思により結成されたものであり申請人会社はこれに対し何等関係なくまた両組合に対し差別をなす考もない。新組合が結成された経緯は次のとおりである。
即ち昭和二十六年十二月被申請人組合の役員改選があつて学校出の若い会社の職歴の浅い飯塚委員長が就任して以来学校出身の入社一、二年の若い組合員と所謂十三年組と称する古い組合員との間に対立感情が生じ、これ等古い組合員等の若い執行部に対する批判が鋭くなつて闘争ごとにその対立が強まつたが、昭和二十八年六月現在の野沢委員長を中心とする執行部が選出され、東邦亜鉛株式会社労働組合連合会を脱退して合成化学産業労働組合連合会の傘下に入つたことに対する反対感情と、同年八月十七日の被申請人組合大会においては議題になかつた同盟罷業権確立の議案が突如緊急上程せられ多数で可決されたのであるがこの闘争方針に対する疑惑並びに決議の方法の非民主的なはこび方等に対する不満のため、組合の民主化を図り幹部の独裁を排するため一団の人々が結束し、これが九月十三日安中会館の会合において刷新同盟として正式に発足し、翌十四日の被申請人組合大会にこれ等刷新同盟加盟者が一団となつて出席し組合民主化のため発言を求めたのであるが怒声と罵言のうちに葬り去られたため全員会場より退場して新組合結成の方向に向い、遂に十月一日被申請人組合に脱退届を出し、同月三日新組合を結成するに至つたものである。
二、第四項以下の主張は否認する。新組合の結成により事情の変更があつたものであつてこの限度において労働協約は失効しているものである。元来労働者には憲法によつて保障された団結権等があり何時にても自ら組合を脱退し又は自ら同志と共に新組合の結成が可能なのである。申請人会社と被申請人組合との間にはユニオンシヨツプ制類似の労働協約があるが、「但し会社が不当と認めたときは組合と協議の上これを決定する。」との文言に看られる通り決して絶対のものではなく、又仮りに完全なユニオンシヨツプ制であるとしても事情の変更があり正当な理由によるときはこれをもつて組合員の脱退並びにそれに伴う新組合の結成を拘束することはできないのであり、自発的に新組合が結成された場合には申請人会社としてはこれを当然に交渉の相手たる組合と解せねばならない。
又申請人会社の現操業は新組合員約百三十名の外非組合員臨時雇等によつて開始されたのであつて決して新組合員のみによつて行われておるものではない。なおこの操業は申請人会社本来の使命達成上万難を排して遂行されたものであり経営者として当然の権利を行使したに過ぎない。即ち、労働者の同盟罷業権に対する使用者の経営権の発動であり他より批難される何物もないのである。
三、被申請人組合は本件ピケチングによつて新組合の組合員の出入及び製品主原材料の搬出入を阻止することは正当なる争議手段であると主張するが、同盟罷業とは労働者が使用者に対しその労働力の提供を拒否するに止まりそれ以上の何物でもない。尤も組合内部の統制手段としては特別に刑法上の犯罪等を構成しない限り何等第三者の容喙すべき限りではない。これに対し会社の経営権は何時にても自由に自己の力によつて業務を遂行し且つその資産を処分行使し得るのである。
これを本件の場合に看るに申請人会社の生産遂行は当然の権利に属し且つその生産に要する原材料又は製品の搬出入は全く自由であり、その権利の行使は被申請人組合の同盟罷業遂行の前後によつて差異はない。即ち製品の新旧によつて取扱上の差異は認められないのである。然るに被申請人組合は不当なる実力行使によつて申請人会社の正当なる業務の遂行たる製品の搬出原材料の搬入等を阻止しておるのは誠に違法といわねばならない。
殊に申請人会社の所有地たる正門前に不法に侵入してこれを占拠し又同様所有軌道内に立入るが如きは仮りに被申請人組合主張の如き争議破りの行為を妨害するとの理由によるもその違法たるは明白である。換言すればピケチングは組合内部の規律維持上の必要最少限度においてしかも何等の実力行使を伴わぬときに限り有効と解すべきであるから、その対象を会社を含む第三者に指向するときは勿論自発的に結成された新組合員に対するものであつても理由の如何を問わず不法と解すべきである。
四、申請人会社が自己の手によつて業務を遂行することは前述の通り当然の権利である。而して本件の場合申請人会社が就業希望の新組合員その他によつて製品を生産することは勿論正当であるが、仮りに百歩譲り新組合の組合員が分派行動者であるとしてもこれによつて生産した製品は完全に申請人会社の所有に属し且つこれを搬出することは当然の業務遂行である。
被申請人組合は同盟罷業の目的達成という目的論によつて会社の操業を阻止し得るというがその不当なることは明白であり、この理論が認められるならば生産管理も職場の座り込みも又会社の設備等の取り外しも何れも正当行為とならねばならぬがその然らざるは判例の夙に明示するところである。若しこの申請人会社の主張が認められぬならば経営権即ち私有財産権も又否認される結果となるからである。
申請人会社がその正当なる業務遂行を不当なる被申請人組合の実力行使によるピケチングによつて阻害されることは不法であり、この場合会社の業務遂行に関連あるものとして第三者による製品の引取、生産に要する一切の原材料搬入、労働力提供希望者の出入の自由を確保する必要上妨害排除の仮処分を求め得るのである。換言すれば、この場合の業務遂行はこれを広義に解釈すべきであつて唯単に会社の固有操業、会社の近接雇用者等に限定すべきではなくこれと密接関連ある関係まで保護の必要が認められるのである。
と述べた。(疎明省略)
被申請人代理人は「申請人の申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
一、第一項 のうち申請人会社が亜鉛、鉛等を生産する会社であることは認めるが被申請人組合が申請人会社安中製錬所の従業員の一部をもつて構成された労働組合であるとの点は否認する。被申請人組合は同所従業員全員をもつて組合員としている。(ロ)の事実は認める。(ハ)の事実中被申請人組合の組合員のうち八十三名が十月一日組合脱退届を被申請人組合に提出し同月三日新組合を結成し申請人会社がこれを認め団体交渉をなしていること、新組合は十月十二日からの同盟罷業に反対し就労しようとしたが被申請人組合のピケラインにより入場を阻止されたこと工場内のベルト工作機械の部分品等を被申請人組合が取り外し保管したこと、新組合の組合員が十一月二日ピケラインの不意を衝いて入場し爾来とまり込んで就業していることは認めその他は知らない。
第二項 のうち工場正門前において食料搬入その他部外の第三者の通行を実力をもつて妨害又は阻止しているとの点を除き認める。労働協約による非組合員及び第三者に対しては出入を阻止していない。
第三項 のうち、申請人会社が十一月二日以降ピケラインを突破して工場に入場した新組合員を工場内に宿泊させて操業を継続中であること及び被申請人組合は新組合の組合員の入場をピケラインによつて阻止する意志を有することは認め、その他の事実は不知である。右就業は申請人会社の被申請人組合に対する支配介入並びに争議権の否認に他ならず不当な操業であるから被申請人組合は前橋地方裁判所に対し申請人会社並びに申請外新組合の組合員百十六名に対し就業禁止の仮処分命令を申請している。
第四項 のうち、被申請人組合が申請人会社の主原料の搬入及び製品の搬出を阻止していることは認めるが、これは十一月二日以降の不法操業による生産製品の出荷並びに不法操業に使用する鉱石及び薬品等の主原材料の受入を阻止しているに過ぎない。その余の事実は知らない。
二、被申請人組合が入場を阻止しているのは新組合員のみであり物資の搬出入を阻止しているのは鉱石薬品等の生産に必要な主原料の搬入及び新組合員が就業した後の工場生産物の搬出を阻止している。被申請人組合が前記の如く実力即ちピケラインによつて通行及び物資の搬出入を阻止しているのは正当な争議行為であり、申請人会社の操業こそ不当不法なものであり保護に値しないものである。即ち、(イ)申請人会社は不当に被申請人組合に介入して組合員を切崩し新組合を結成就労させており、(ロ)申請人会社と被申請人組合との間の労働協約第四条及び第六条に違反して新組合の組合員を就労せしめているのであつて、申請人会社は法律上及び労働協約上就労せしめてはならない労働者を就労させて操業しているのであつてこの操業は被申請人組合の団結権争議権を侵害する違法なるものである。
三、申請人会社が不当に被申請人組合に介入し組合員を切崩して新組合を結成させた状況は次のとおりである。
(イ) 申請人会社は昭和二十八年八月十七日被申請人組合が組合大会を開催し、東邦亜鉛株式会社労働組合連合会を脱退して合成化学産業労働組合連合会に加盟し要求貫徹のためスト権を確立し争議が発生する懼れある状態となるや、同盟罷業を抑圧し被申請人組合に介入してこれを支配し分裂させその壊滅を図るためあらゆる手段をとり始めた。
(ロ) 申請人会社の本社重役坂井他家喜は被申請人組合の現執行委員長野沢元の実父石津武彦が現社長相川道之助現所長松井郁一と懇意な友人関係にあるのを奇貨とし石津武彦に対し本年八月下旬直接に或は友人槇某を介し、野沢に組合運動をやめるか、会社をやめるか何れかにせよと勧告せしめるとともに一方安中製錬所に対しては野沢を他に転勤させるから第二組合を作れと指令した。
(ハ) これより先八月十一日には現在新組合の書記長をしている井村行邦を本社から安中製錬所会計係に転勤させた。
(ニ) 八月二十九日被申請人組合執行委員井伊伝吉が新組合の発生を憂慮し組合員萩原博に酒気を帯びて鉄拳制裁を加えるや協約の懲戒規定を濫用し九月六日これを解雇した。
(ホ) 申請人会社は八月末から九月にかけて従業員に対し、
(一)安中労組の連合会脱退、合化労連加入は会社に対し重大な不信行為である。(二)合化労連その他外部勢力の尻馬に乗つてやつても組合員にとつて有利になるようなことは絶対ない。(三)方針を誤らず連合会に復帰するよう反省せよ。(四)最近組合員中で正式に日共に入党しているものがある。(五)会社と運命を共にしようとする者は現執行部と袂を分つて連合会の傘下に復帰することを要望する。(六)現執行部の作ろうと考えている査問委員会なるものは執行部と意見を異にする者に現組合の意志を強制しようとする非民主的な機関である。今の組合との労働協約は組合から除名を受けても組合から脱退しても必ず会社が解雇せねばならないことになつてはいない等被申請人組合の方針を誹謗し被申請人組合よりの脱退除名を賭しても申請人会社の方針に従うべきことを所長名を以て守衛所前の掲示板に掲示して被申請人組合の分裂を策した。
(ヘ) 九月一日被申請人組合がスト通告をなし九月四日午後一時より同盟罷業開始の情勢切迫するや申請人会社は取締役副所長村上鬼作を中心とし去る五月のベースアツプ闘争中組合の統制を乱し申請人会社に通じその為組合より五月三十日懲罰委員会に附され六月八日組合に対し始末書を提出している前歴のある宮崎孝人、水沢尚、鈴木音吉等及び本社より八月末転勤した井村行邦、六月末の改選に際し執行委員に選出されず現執行部に不満を有する藤盛光明、懸川義造、目崎新米、高波梅太郎、小島正、豊田修一郎、中島良太郎、橘金六等を糾合して新組合の母胎を作ることに成功した。
(ト) 更にこれを強化するため被申請人組合の前組合長にして前連合会中央執行委員長飯塚幸郎、同前組合長現行執行委員伊藤豊前青年行動隊長現執行委員佐藤隆積等に働きかけ一挙に組合の分裂弱体化の成就をはかつたが同人等に拒絶された。
(チ) 九月十四日に被申請人組合は合化労連中央執行委員長、中央労働委員太田薫を迎えて総蹶起大会を開催したが、申請人会社はこれに対抗するため新組合の母体を大会前日の九月十三日夜安中館に会合せしめて正式に刷新同盟と名乗らせた。この時申請人会社は目下工場建設のため請負作業中の土建業者古久根組人夫頭里吉某以下二十名の人夫を配置してこれを守らせた。尚大会当日の十四日朝には刷新同盟員四十二名の氏名を発表せしめて被申請人組合の動揺分裂を策した。
(リ) 以後村上副所長は各課長係長と協力し各職場を歩いて刷新同盟の育成強化に狂奔した。
(ヌ) 九月末頃より刷新同盟は同盟罷業に備えて申請人会社の主製品であり売上の八割を占める亜鉛生産部門の生産を確保するため所要人員(目標二百名)の確保と技術の習得に努力し始めた。
(ル) 十月二日には地方労働委員会の調停案が出ること並びにその結果は更に闘争が激化することが予想せらるるや、申請人会社は早急に刷新同盟を更に独立の第二組合たらしめる意図のもとに十月一日には宮崎孝人等八十三名に対し組合脱退届を提出せしめ十月三日申請人会社内自動車車庫を提供して新組合結成大会を開催させた。
(ヲ) 被申請人組合は組合脱退届提出者に対し十月四日組合大会を開き討議の結果団結権並びに争議権を侵害するものとしてこれを承認せざることと決定しこれを公表した。
(ワ) 十月六日には申請人会社は同盟罷業必至と見てその抑圧のため機先を制すべく、九月四日の同盟罷業突入直前の混乱を口実に三期に亙り連続して被申請人組合書記長の要職を経て現在執行委員組織部長に選任されている山崎富次を不法にも且正規の手続によらず懲戒解雇に附した。
(カ) 十月十二日被申請人組合が同盟罷業を開始するや新組合の組合員は被申請人組合の罷業指令に従わず同月十二、十三、十四、十五の四日に亙り連日数十名大挙して正門及び裏門にある被申請人組合のピケライン突破を企て被申請人組合の組合員に阻止されたが、その間申請人会社と新組合は団体交渉をなし、新組合の組合員に就業の意志があることを理由に申請人会社は同盟罷業中の賃金六十パーセント支給並びに残り四十パーセントの支払についても後日善処することを約しその旨被申請人組合の全組合員に発表宣伝し争議の切崩を策しその結果約三十名を新組合に参加せしめることに成功した。
(ヨ) かくて現在迄に於て申請人会社は藤盛光明以下百十六名の新組合の組合員の獲得に成功し、十一月二日ピケラインを突破せしめ引続き工場内に宿泊せしめ生産を開始し現在約三十名の臨時工、約百名の人夫を使つて操業を続けている。
(タ) 前記(イ)乃至(ヨ)に記載した事実は労働組合法第七条の不当労働行為であり、被申請人組合は昭和二十八年九月十六日、九月二十六日、十一月四日群馬県地方労働委員会に救済の申立をなし、同委員会においては数回の審問を行いその手続は目下進行中である。
四、昭和二十七年十二月六日付成立の申請人会社と被申請人組合との間の現行労働協約第四条は「従業員は組合員でなければならない。組合員である従業員が組合から除名された場合は解雇しなければならない。但し、会社が不当と認めた場合は組合と協議の上これを決定する。前項の規定に拘らず左の各号の一に該当する者は組合員としない。一、課長(心得及び待遇の者を含む)二、人事、勤労及び計理関係の係長、三、参事、嘱託、試傭中の者及び臨時に雇入れた者、四、守衛及び舎監、五、其の他会社と組合双方が認めた者」と規定しこの協約は明らかに所謂ユニオンシヨツプ制をとつている。従つて申請人会社は同条第二項の例外の場合を除き被申請人組合の同意なくして組合員以外の従業員を雇傭したり又その雇傭をつづけることは出来ない法律上の義務を負担する。又協約第六条は「会社は組合を当所(安中製錬所)の全従業員唯一の団体交渉団体と認める。」と規定している。従つて申請人会社は被申請人組合以外の組合と団体交渉をすることは出来ないのである。
被申請人組合規約第四条によると「本組合の組合員は東邦亜鉛株式会社安中製錬所の従業員であることを要する。」と規定し同第九条は組合員の資格喪失の原因として、(一)退職又は転勤、(二)第五条一号乃至四号に該当した者、(三)死亡、(四)除名と定め組合脱退による組合員の資格喪失を定めた規定はない。以上の規約の定める趣旨は前記協約のとつたユニオンシヨツプ制に基いて被申請人組合の組合員でない従業員を認めない(特別の例外を除く)ことからして脱退に関する規定をおく必要のないことに基く。即ち被申請人組合の組合員は申請人会社及び被申請人組合双方の同意による場合以外には申請人会社の従業員たる身分のまま被申請人組合の組合員の地位を失うことは出来ない。(勿論規約及び協約に定める例外の場合を除く。)従つて被申請人組合の組合員は会社従業員のまま被申請人組合を脱退するという脱退に関する規定を規約におかなかつたのである。これを別の言い方をすれば、被申請人組合の組合員は被申請人組合を離脱するためには被申請人組合から除名されるか又は退職、転勤等規約第九条に定める事由による外はないのである。
申請人会社主張の如く被申請人組合の組合員八十三名が昭和二十八年十月一日被申請人組合から脱退する旨の書面を被申請人組合に提出し、同月三日所謂新組合結成の手段により一つの組織を持つたことは事実として認められる。然し乍ら右新組合に属する者は申請人会社の従業員たる身分を失つたことも安中工場から他に転任したこともなく前記規約に定める被申請人組合の組合員たる地位を失うべき何の理由もない。前記理由によつて右の脱退の意思表示は有効とは認められず新組合の組合員は依然被申請人組合の組合員であり組合員として被申請人組合の統制に服すべき義務を負担するものである。この者等によつて結成された新組合は第三者関係において果して労働組合と認められるかどうかは別として被申請人組合に対する関係においては労働組合として認めることは出来ない。又申請人会社は被申請人組合に対する関係においてかくの如き二重資格を有する組合員によつて結成された労働組合を交渉相手として認めることは信義に反する違法な行為であるのみならず直接協約第六条に違反する違法行為である。
被申請人組合は八月十七日臨時大会を持ち要求事項を定め、右要求貫徹のため同盟罷業による争議手段に出ることを可決した。即ち罷業権はその決議によつて確立されたのである。被申請人組合は同日以降同盟罷業を含む闘争態勢に入つたわけで決議には組合員が拘束される関係にあつたことはいうまでもない。新組合員と雖も前記の如く組合員たる地位を離脱しない関係にある。以上の義務から免れることはできない。新組合の組合員としてこの闘争手段に出ることに不満であるなら組織内にあつて右同盟罷業権確立の決議の撤回を求めるか、被申請人組合の組合幹部の指導方針の変更を求めるかやむなくば被申請人組合を合法的に離脱するため申請人会社から工場従業員たる地位を去るしかないのであり、工場従業員たる地位をそのままとして被申請人組合の指導統制を免れる方法はないのである。
申請人会社はかくの如き関係を知悉し乍ら被申請人組合の組合員中の脱落者(新組合の組合員)をもつて組織する新組合を相手方として団体交渉の上この者等に対して就業命令を出してその就業により業務を開始したと主張するのであるから、右業務の開始は明らかに被申請人組合の団結権を侵害する不法な行為であつて正当な業務行為ということは出来ない。被申請人組合がその目的貫徹のための闘争手段たる同盟罷業中その組合員に対してその統制手段として就業を阻止することは争議権の正常な限界内の行為であり何等違法視さるべき筋合にないことは明かである。被申請人組合は前記のとおり新組合の組合員を依然組合員として認めその就業を阻止しているに過ぎず、争議権の正常な行使をしているに過ぎず申請人会社から違法呼ばわりされる理由はない。又かくの如き違法な操業に必要な資材の搬入又それによる生産物の搬出を阻止することは正当な争議権の行使として認めらるべきものであり、被申請人組合は今後においてもこの手段を正当な方法として続行するものである。
五、申請人会社は自ら主張する如く新組合の申入に応じて団体交渉をなし新組合の組合員のみに対して就業命令を出して現在その者を使用して操業中である。右は協約第六条に違反することは前述のとおりであるが、申請会社が被申請人組合の申入にも拘らず団体交渉を拒んでいる事実と合せ考えるとこの被申請人組合の組合員の一部即ち被申請人組合の組合員に対して新組合員に対する就業命令という形式により呼びかけているのであつてかかる呼びかけは明らかに被申請人組合の団結権を破壊する支配介入行為として不当労働行為と謂わねばならぬ。従つてこの新組合の組合員を主体とする会社工場の操業自体協約違反且不当労働行為に基く正当性を欠く業務行為と謂わねばならず、被申請人組合はこれを正当と認めることはできない。従つてかくの如き不法な操業を前提として被申請人組合の業務妨害を違反とする申請人会社の主張は不当である。
六、仮りに申請人会社の主張する如く右脱退の意思表示をした新組合の組合員等がその脱退届の提出によつて被申請人組合の組合員たる資格を喪失したとしても申請人会社は前記協約第四条の趣旨によつて新組合の組合員を雇傭し又はこれらと雇傭関係を継続することはできない。即ち右協約第四条第一項の趣旨は被申請人組合の組合員でない従業員を認めないことを定めたものである。申請人会社はこの協約に拘束され脱退者を処置しなければならない。この脱退を認めながらそのまま工場従業員として使用することは許されない。同条第一項後段に「組合員が組合から除名された場合は解雇しなければならない。」と定められているものはその当然の事理を定めたものであり、申請人会社は組合員に非ざる従業員を解雇すべき義務を有するものである。従つて右被除名者に対する規定はむしろその後に続く但書即ち申請人会社が(除名を)不当と認めた場合は被申請人組合と協議の上これを決定するという規定について意味があるのである。除名の如き組合員の意思に基かざる組合員の地位の離脱については自由意思に基く脱退とは異りその当否につき争ある場合を保し難いので申請人会社の介入権を認めたに過ぎない。即ち除名は被申請人組合の懲罰行為であり時としてその当否につき被除名者自身及び申請人会社においてその当否につき反対意思なきを保し難いから申請人会社においてその当否につき被申請人組合と再議する機会を持つことを決めたのが右但書である。申請人会社の解する如く非解雇の自由を持つわけではない。然も新組合の組合員は現在の段階においては除名された者ではなく、自らの意思に基いて脱退意思を表示したものであり、組合員の地位の離脱につき本人及び会社はその当否を争うべき何者もないのであり、この但書を採用すべき何等の根拠もなく、申請人会社は協約の規定に基き直ちに解雇すべき義務を有するものである。申請人会社は協約の定める義務に違反してかくの如く解雇すべき義務を有するもの(新組合の組合員)を解雇せずそのまま使用して業務を営んでいるのであるからこの操業は協約義務違反の不法操業であり組合は正当な業務行為としてこれを尊重すべき義務はない。かくの如き不法な操業を防止することは被申請人組合の正当な争議権の範囲に属し何等不法視さるべき理由はない。
七、申請人会社は労働者の組合脱退自由と団結権の自由を有する。従つて新組合員の組合からの脱退の意思表示と新組合の結成行為は有効であると主張するので念のため反駁する。一旦組合に入つた以上永久に組合から脱退出来ないとすることは規約をもつてしても不可能であろうし又労働者が一つの組合から脱退して他の組合を作ることも禁止出来ない自由権の一つである。会社の主張はそれだから新組合員の被申請人組合からの脱退も新組合の結成も有効で新組合と団交し、新組合の組合員をそのまま雇傭し操業して被申請人組合の同盟罷業に対抗できるのだというにある。然しこれは明かに論理の飛躍である。被申請人組合としても上記の如き労働者の基本権を否認するものではない。然し乍ら被申請人組合の主張は申請人会社は協約によつて被申請人組合の組合員以外(例外を除く。新組合の組合員はその例外には該当しない。)の従業員を雇傭できず又被申請人組合以外の他組合と団交できないことになつているのである。この制度即ちユニオンシヨツプ制度の有効なることは説明するまでもない。即ち被申請人組合員は右協約(この協約には組合員個人も拘束される)及び規約によつて申請人会社の従業員たる身分から離脱することなくして被申請人組合から脱退できない。申請人会社は脱退組合員を引続き雇傭することは出来ない。このことが即ち協約のとつた制度である。又従業員の組合結成は自由だとしても申請人会社は被申請人組合以外の労働組合と団交してはならない義務があるのでありこの見地からすれば所謂新組合は団体交渉の相手方たり得ないのである。しかも右新組合を結成した組合員は本来申請人会社従業員たる身分を失つたか、失うべき者であり申請人会社は新組合の組合員を相手方として団交すべき法律上の利益を有しないものでありかくの如き新組合と団交したこと自体法律上はナンセンスに過ぎない。
八、被申請人組合と申請人会社との間の労働争議は現在その頂点にあり被申請人組合はピケラインを強化して申請人会社による不法なる操業を阻止するため全力を挙げている。
申請人会社は被申請人組合員中三百六十七名が同盟罷業を続行しているにも拘らず「十一月一日作業開始以来新組合の組合員も作業に馴れ且つ臨時工の採用等によつて人員も充実し現在日産十五噸から二十噸の亜鉛を生産しており現在の状態では今五十人も補充すれば平時の生産の三十噸に達することは容易である」と恰も争議中の三百六十七名の中五十名を除き約三百名は全く不用なるかの如く誇示し大挙馘首をほのめかし争議の圧殺を企図している。
争議における労使の力関係が上述の如き現在においてはピケラインは労働者の団結権争議権を守る唯一最少限の手段である。かかるピケラインを違法視することは即ち争議権の否認に外ならず申請人会社の本件仮処分申請の不当なることは自明である。
と述べた。
(疎明省略)
理由
一、当事者間に争ない事実は次のとおりである。
申請人会社は亜鉛、鉛、銅、カドミウム硫酸等を生産する会社であり、被申請人組合は申請人会社安中精錬所の従業員をもつて構成された労働組合であつた。被申請人組合は昭和二十八年八月十七日闘争態勢に入り、同月二十二日申請人会社に対し諸手当の増額、係長解任等に関する要求書を提出し、同月二十五日から団体交渉を行つたが申請人会社の回答を不満とし九月一日同盟罷業の通告をなし九月四日第一次同盟罷業に入り、その後間もなく同盟罷業を中止して群馬県地方労働委員会の調停を申請し、十月二日同委員会から調停案が示されたが申請人会社においてこれを不当として拒否し、十月六日、七日の両日に亘り団体交渉が行われたが結論を得ず申請人会社は被申請人組合の再考を促して回答を待つたがこれに対する回答なく被申請人組合は十月十二日午前七時無期限同盟罷業に入り現在に至つている。これより先、九月十三日新組合の母胎である刷新同盟が結成され被申請人組合の組合員総員四百数十名のうち八十三名が十月一日組合脱退届を被申請人組合に提出し、同月三日安中製錬所新労働組合を結成し申請人会社はこれを承認して団体交渉を為している。而して被申請人組合は十月十二日から同盟罷業をなしているが、新組合はこれに反対し就労しようとしたところ被申請人組合のピケラインにより入場を阻止され十一月二日被申請人組合のピケラインの不意をついて入場し爾来とまり込んで就業している。
被申請人組合は十月十二日同盟罷業突入後新組合の組合員の就業を阻止し又同組合員によつて操業されている申請人会社の業務の運行を阻害するため工場正門前(別紙添附図面の(ハ)及び(ニ)を結ぶ個所)に常時監視員数名を配置しおき、新組合の組合員が工場正門から入場しようとすると被申請人の組合員数十名を動員して同正門前に人垣を作り実力をもつてその入場を全く阻止し、主原料を搬入し又は被申請人組合の罷業中製造された製品を搬出する貨物自動車が工場正門から入場しようとするとそれが部外の第三者である業者たるとを問わず組合員数十名を動員して同正門前に座り込んで動かずその通行をなさしめず、又工場に敷設してある軽便軌道が農耕用道路と交叉する場所(別紙添付図面の(イ)点)に常時監視員数名を配置しておき、申請人会社が原料資材の搬入及び製品の搬出をなすためガソリンカーを運転すると被申請人の組合員数十名を動員して前記地点の軽便軌道上に座り込んで動かずガソリンカーの運行を阻止し以て申請人会社の同軌道の使用を阻害している。又十一月二日以降裏門等から被申請人組合の張つたピケラインの不意をついて工場に入場した新組合の組合員は工場内に宿泊し作業しているが、これが通勤に切替えられるときは被申請人組合は新組合の組合員の入場を前記の如き方法により実力をもつて阻止する意思を有しておる。
二、被申請人組合は、申請人会社において不当に被申請人組合に介入して被申請人組合の組合員を切崩して新組合を結成就労せしめ且つユニオンシヨツプ契約をもつ労働協約第四条、第六条に違反して新組合の組合員を就労せしめる等被申請人組合の団結権、争議権を侵害する違法なる操業をなしているから、右操業を阻止しようとする被申請人組合の前記正門前における入場阻止及び軽便軌道の使用阻害は正当なる争議行為であると主張しているので、右主張につき検討する。
三、先づ被申請人組合の主張する不当介入の有無につき判断する。
(イ) 被申請人組合代表者訊問の結果によれば、被申請人組合執行委員長野沢元の実父石津武彦は申請人会社社長相川道之助、同会社安中製錬所長松井郁一と懇意な友人関係であつて野沢元は父の友人である右相川、松井の斡旋によつて申請人会社に採用されたものであること、八月二十五日父石津は坂井専務からの申請人会社は右野沢を頼まれて採用したのに迷惑しているとの苦情により右野沢に対し組合運動から身を引くように厳命したが、野沢がこれを拒否したため父石津の友人槇某が両者の間に入り野沢が納得して組合運動から身を引くべき原案を作成しこれを坂井専務に連絡したが同専務から拒否されたこと、前記石津が野沢に対し組合運動から身を引くよう命じた際、石津は自分の社会的地位、交友関係を滅茶苦茶にするなと話したことが認められる。右事実によれば父石津が野沢に対し組合運動から身を引くよう命じたのは石津が友人に対する義理合から自発的に為したものと認めるのが相当で組合運営に介入する意志ありと断定し難く、従つて坂井専務が石津になした前記の如き苦情はまだもつて組合に対する介入行為と看做すことはできない。
(ロ) 八月十一日に現在新組合の書記長に選任されている井村行邦を本社から安中製錬所会計係に転勤せしめたことは争ないが、この転勤が被申請人組合に対する介入であると断ずるに足りる充分な疎明資料がない。
(ハ) 八月二十九日被申請人組合執行委員井伊伝吉が新組合の発生を憂慮し酒気を帯びて組合員萩原博を殴打し申請人会社が同人を九月六日懲戒解雇した事実は先に繋続した昭和二十八年(ヨ)第一〇二号事件により当裁判所に顕著である。而して右事案は申請人会社が右殴打の事情を調査したところ関係人が何も語らなかつたため申請人会社は組合指導者が暴力によつて組合運動を指導しようとする一の徴候であると解して同人を懲戒解雇にしたものであると認められるのであつて、右処分の当否は暫らくおき一概にこれをもつて被申請人組合に対する介入と解することはできない。
(ニ) 被申請人主張の第三項の(ホ)に記載した如き掲示を申請人会社が為したことは争なく、右掲示の内容は申請人会社の意見及び希望を述べたものであること明かで被申請人組合に対する介入に属しない。
(ホ) 九月一日被申請人組合が罷業通告をなし九月四日午後一時から同盟罷業開始の情勢が迫るや申請人会社は副所長村上を中心として宮崎孝人外を糾合して新組合の母胎を作ることに成功したとの主張は疎明がない。
(ヘ) 村上副所長が飯塚幸郎、伊藤豊、佐藤隆積に新組合加入を勧誘したが、拒絶されたとの事実は証人飯塚幸郎、同伊藤豊、同佐藤隆積の証言により認められる。
(ト) 九月十三日安中館の会合により刷新同盟が発足し同同盟は翌十四日朝その氏名を発表したことは争なく申請人会社が右会合及び氏名の発表を為さしめたとの疎明はない。尤も右安中館の会合においては申請人会社で使用している古久根組の人夫が警備のため配置されていたことは、被申請人組合代表者訊問の結果及び証人宮崎孝人の証言により認めることができるので、右会合について刷新同盟と申請人会社との間に何等かの連絡のあつたことは窺知できるのである。
(チ) 以後村上副所長が各職場を歩いて刷新同盟の育成強化に狂奔したとの事実は、証人平井徳治郎、同永井憲作の証言及び前記の如く村上副所長が飯塚幸郎、佐藤隆積及び伊藤豊に協力を求めた事跡に徴し村上副所長が或る程度刷新同盟の育成に努力したことが認められる。尤も、証人飯塚幸郎の証言によれば、村上副所長は技術担当の責任者であつて現場を見廻ることは同人の職務であることが認められるので、被申請人組合組合員の協力を求める目的のみを以て現場を見廻つていたものと認めることはできない。
(リ) 九月末頃から刷新同盟が罷業に備えて亜鉛生産部門の生産を確保するため技術の習得に努力し始めたとの事実は、証人佐藤隆積の証言により認められるが、所要人員目標二百名の確保に努力し始めたとの事実は疎明がない。
(ヌ) 宮崎孝人等八十三名が十月一日組合脱退届を提出し十月三日申請人会社内で新組合結成大会を開催したことは争ないが、申請人会社が右脱退届の提出結成大会の開催を為さしめたとの疎明はない。
(ル) 十月六日申請人会社が山崎富次を九月四日の同盟罷業突入直前の混乱を理由に懲戒解雇したことは争ない。被申請人組合代表者訊問の結果によれば、被申請人組合は九月四日午後一時から同盟罷業に入ることになつており同組合執行部は同日午前十時から同盟罷業に入る準備をするよう組合員に指令することを定めたところ、右決定に基き執行委員山崎富次が右指令を発するに当り同日午前十時から罷業に入るよう指令したものと解せられる如き指令書を作成して組合員に指令したため一部職場においては午前十時から罷業に入り業務の運営に混乱を生じたことが認められ、申請人会社は右山崎に対し通告された同盟罷業開始時間の三時間前から罷業が開始された責任を問うたものと解されるのであつて、その処分の当否は暫らくおき一概にこれをもつて組合に対する支配介入と認めることはできない。
(ヲ) 十月十二日被申請人組合が同盟罷業を開始したが新組合の組合員はその指令に従わず同月十二、十三、十四、十五の四日間に亘りピケラインの突破を企て被申請人の組合員に阻止されたが、その間申請人会社と新組合は団体交渉をなし新組合の組合員に就業の意志のあることを理由に被申請人組合の同盟罷業による会社休業中の賃金六十パーセント支給並びに残り四十パーセントの支払につき後日善処することを約し、その旨を発表宣伝したこと及びその後約三十名が新組合に参加したことは争ないが、新組合が適法に結成されていることは後に述べるとおりであり、証人橘金六、同宮崎孝人の証言によれば申請人会社が新組合と団体交渉をなし使用者の責に帰すべき事由による休業として申請人会社が被申請人組合の罷業のため休業している間申請人会社が新組合の組合員に賃金の六〇パーセントを支払い残り四〇パーセントの支払につき善処することを約したことが認められ、従つて右事実を申請人会社が約定し発表宣伝したとしても何等被申請人組合に対する介入とはならない。
(ワ) 藤盛光明以下百十六名の新組合の組合員が十一月二日被申請人組合のピケラインを突破して入場し場内に宿泊して生産を開始し現在約三十名の臨時工及び約百名の人夫を使つて操業を続けていることは争ないが、申請人会社が右新組合の組合員をしてピケラインを突破せしめたとの疎明はない。
(カ) 被申請人組合は昭和二十八年九月十六日、九月二十六日、十一月四日群馬県地方労働委員会に救済申立をなし同委員会においては数回の審問を行つたことは争ない。
右諸事実のうち介入行為と認められ又は介入行為があるものと窺わしむるものは前記(ヘ)、(ト)の一部、(チ)、及び(リ)の一部であるが、右事実及び証人水野照代の証言及び被申請人組合代表者訊問の結果により真正に成立したと認められる乙第二号証の二とを綜合すれば新組合の結成及びその強化のため村上副所長が相当被申請人組合の組合員に対し勧誘をなして介入した事実を認めることができる。
申請人会社の右の如き介入が原因となつて新組合の組合員が被申請人組合を脱退し新組合を結成したものであるか否かにつき検討するに、証人橘金六及び同宮崎孝人の証言によれば新組合の組合員は被申請人組合執行部が闘争第一主義の方針をとり非民主的な方法で組合を指導したこと及び同組合が合成化学労働産業組合連合会に加盟したことに反対して被申請人組合を脱退し新組合を結成したもので独自の自主的な意志によつてなされたものであることが認められる。
従つて申請人会社から新組合結成の働きかけのあつたことは認められるが、新組合は右の働きかけとは別個に新組合組合員の自主的意志に基いて結成され且つ被申請人組合の罷業の効果を減殺することのみを目的として結成されたものでないこと明かであるのみならず後に述べる如く被申請人組合は統一的基盤を失い分裂し法の保護を受けるに値する新組合が結成されたものと認められるから、新組合の組合員が被申請人組合の同盟罷業に参加せず就労し又申請人会社が罷業に参加しない新組合の組合員を使用し操業したとしても何等被申請人組合の団結権争議権を侵害することにはならない。
四、次に被申請人組合の主張する労働協約違反の点につき判断する。
被申請人組合の組合員総員四百数十名のうち八十三名が昭和二十八年十月一日組合から脱退する旨の書面を被申請人組合に提出し同月三日新組合を結成したことは争ないところである。而して労働組合に労働者が加入し又脱退することは権利の濫用にならない限り労働者の自由でありその時と理由とを問わないのであつてこの権利は憲法の保障するところである。従つて脱退の意志表示が真意に出でている限り脱退は有効であつて脱退により組合員たる資格が失われるのである。而して被申請人組合の組合規約に脱退の定めがなく且つ被申請人組合が右脱退を承認しなくても右脱退の効果を左右することはないのである。
ところで、申請人会社と被申請人組合との間の労働協約第四条に「従業員は組合員でなければならない。組合員である従業員が組合から除名された場合は解雇しなければならない。」との規定があることは成立に争ない乙第三号証により認められる。この規定によれば被申請人組合の組合員である従業員が組合から脱退して組合員でなくなれば会社はこの脱退者を解雇しなければならないものと解せられ、脱退者を解雇しないで就業させることは右労働協約に違反するように見える。然して事業所内の従業員で組織された労働組合がその使用人と締結した前記の如き約款はこれによつて組合の分裂を防止しその団結を強固にせんとこを主たる目的として定められたものでそれは組合の結束が維持され一応の統一を保つていることを前提としているものと解すべきである。ところが当時四百数十名の組合員中八十三名が被申請人組合執行部の指導を不満として脱退し新組合を結成するに至つているのであり而して証人橘金六、同宮崎孝人の証言によれば、組合脱退者は昭和二十八年五月に行われた同盟罷業以来被申請人組合の方針が闘争第一主義であり同組合の運営方法が非民主的であるとして執行部に反対し且つ組合が合成化学産業労働組合連合会を脱退し東邦亜鉛株式会社労働組合連合会に復帰することを希望して脱退したものであることが認められる。而して右証人両名の証言及び被申請人組合代表者訊問の結果によれば、昭和二十八年五月申請人会社と被申請人組合を含む申請人会社の各事業所を単位とする単位組合の連合体である東邦亜鉛株式会社労働組合連合会との間に賃金のベースアツプにつき紛争が生じ短期間の同盟罷業をなした結果同年六月十二日両者間に賃銀協定が成立したのであるがその後被申請人組合執行部は他の単位組合とは別個に更に賃上要求の方針を定め、同年八月十七日の組合大会に基準外賃銀の支給、前記組合連合会脱退合成化学産業労働組合連合会加盟その他の議題を付議し、且つ右諸要求につきそれまで会社に対し要求及び団体交渉を為したことがないのに拘らず一挙に同盟罷業の指令を随時発し得る権限を組合執行部に与える件を緊急上程して可決されたこと、この決議方法として無記名投票によつたにも拘らず投票の秘密性を確保する為に充分な施設が設けられておらなかつたこと、九月四日午後一時から開始すべき同盟罷業の指令を同日午前十時から開始すべきよう解される指令を出したこと、十月三日既に新組合が結成され同組合の組合員が同盟罷業に反対して就業する意志であることが判明していたにも拘わらず被申請人組合は十月十二日無期限の罷業に突入したこと及び右突入に際し被申請人組合は工場のベルト機械の部分品等を取り外して隠匿したことが認められる。右認定の事実と前記脱退の理由とを比照すれば組合脱退者(新組合の組合員)が脱退の理由とした事実に照応する事実が存在したことを窺うに足りるからその集団的脱退及び新組合の結成は被申請人組合の団結権を侵害することを目的としたものではなく専ら自己の理想とする労働組合の結成を目的としたものであること明かでかかる新組合の結成は法の保護を受くるに値するものといわねばならない。しからば、このようにして多数の組合員が集団的に脱退したために前記条項の目的とする組合の統一的基盤が失われてしまつたような特別の事情においては、も早前記協約条項の効力は及ばないものと解するのが相当である。
従つて、申請人が被申請人組合を脱退した従業員及び非組合員等をもつて平常通り工場作業を営むことは別段申請人会社と被申請人組合との間の前記協約条項に違反することにはならないものというべきであり申請人会社の操業を目して被申請人組合の団結権、争議権を侵害する違法なるものと謂うことはできない。
次に労働協約第六条には「会社は組合を当所の全従業員唯一の団体交渉体と認める。」との規定があることは成立に争ない乙第三号証により認められる。然し右条項に従つて申請人会社が前記の如く適法に結成された新組合を承認せずこれと団体交渉をなすことを拒絶することは労働組合法第七条に違反するもので許されないところである。而して、そもそも右条項は組合の結束が維持され一応の統一を保つていることを前提としておるものであつて既に述べたとおり被申請人組合内部に分裂を生じ多数組合員が集団的に脱退し新組合が結成されたような特別の事情においてはも早やこの条項の効力が及ばないものと解さなければならない。従つて申請人会社が新組合を承認しこれと団体交渉をしたからといつて前記協約第六条に違反することにはならないものというべきである。
五、而してスクラムを組み人垣を作つて通行を阻止し又工場に敷設された軽便軌道に座り込んで軌道の使用を阻害する行為は特別の事情のない限り一般に違法である。然らば前記の如く特別事情の認められない本件においては被申請人組合が工場正門前で行つている入場の阻止及び軽便軌道上で行つている同軌道の使用の阻害は正当な争議行為を逸脱しており申請人会社は業務妨害の禁止を求める権利を有するものというべきであつて、しかも被申請人組合は右入場の阻止及び使用の阻害をなしているのであるからこれを放置するときは申請人会社に著しい損害を生ずる恐のあること明白である。
而して申請人会社は軽便軌道上の別紙添付図面の(イ)点及び(ロ)点を結ぶ間に対する被申請人の占有を解いて執行吏の保管に移す仮処分を求めているが、右(イ)点以外の場所を被申請人組合が占有しているとの疎明がなく且つ右申請の場所に対する被申請人組合の占有を解いてこれを執行吏の保管に移さなくても右(イ)地点における軽便軌道の使用の妨害を禁止すればその目的が達せられると思われる。
よつて、申請人会社安中製錬所に敷設された軽便軌道が農耕用道路と交叉する地点(別紙添付図面(イ)点)において被申請人組合がなしている申請人会社の右軌道に対する使用の妨害を禁止し、同製錬所正門前において同組合がなしている同製錬所と外部との交通の妨害を禁止し且つ執行吏が右現場においてその旨を公示するため適当な処置をとるべき旨の仮処分をなすのを相当と認め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺一雄)
(別紙省略)